『見知らぬ乗客』

私のヒッチコックランキングでは、かなり上位の方に来る作品(トップは『裏窓』)。何よりもまず、主人公の敵役を演じるロバート・ウォーカーがいい。狂気を孕んだ不敵、という存在感を必要とする役柄を見事に演じている。大体において、敵役が良い映画というのは面白くなるものである。主人公がふと車の窓から外を見ると、広場にたったひとり、男が立っているのが見える。監視されているのだ、と主人公は恐怖とする。このシーンが好きだ。ロバート・ウォーカーの存在感。構図の格好良さ。
話の大筋は以下の通り。電車の中で主人公はある男と出会い、彼から交換殺人を持ちかけられる。君にとって邪魔な人間を俺が殺してやるから、君も俺にとって邪魔な人間を殺してくれ、と。主人公はそれを冗談だと考えていたが、男は実際に殺人を行い、今度は君の番だ、と主人公を脅迫する。非常に興味深い内容だが、主人公はどうなってしまうのか?という興味だけで1時間半引っ張って行くのは難しい。ヒッチコックはこの柱となるストーリィの中に、いくつものドラマを仕込み、それぞれを効果的に組み合わせている。
例えば以下のような場面。敵役の屋敷に乗り込んだ主人公は、目的の部屋までたどり着けるのか(番犬が見張っている)?という障害でまず観客の関心を引き付ける。主人公は番犬を上手くやりすごし、目的の部屋にたどり着く。観客は少し安心するのだけど、そこにはいるはずのない敵役が!という感じで、小さなサスペンスのあとの脱力した状況に大きなサスペンスを放り込んで、ショックを大きく見せる、というやり方である。
もうひとつの見所は序盤と終盤に使われるカットバック。主人公と敵役、それぞれの行動をカットバックで示し、最後にふたりが出会うことになるという流れでだが、特に序盤のカットバックは印象的で、ふたりがそれぞれ車から降りて列車の中で出会うまでの、足の動きをクローズアップで捉えている。主人公が右側から、敵役が左側から(逆かもしれない・・・)歩いてきて、列車の中でふたりの足がぶつかる。そこで初めてふたりの顔が映され、彼らの運命が交わったことが示される。シンボリックな効果と、ふたりの足がぶつかるまで顔を映さない禁欲精神が印象に残った。
それと、主人公の妻が絞め殺される場面で、妻のメガネが地面に落ち、その表面に現在進行している殺人の場面が浮かぶ。妻の意識が失われていくのに合わせて、メガネに映った景色も歪んていく。この描写も非常に映画的なものだ。
難を言うならば、「主人公はなぜ警察に相談しないのか」という疑問を抱いてしまうことか。『知りすぎていた男』なんかは上手いと思うのだけど(実際に相談して、相手にされない)。あと、ヒッチコックの娘が演じている、ヒロインの妹役が、何となく好きになれない。