断崖

断崖 [DVD] FRT-107

断崖 [DVD] FRT-107

ヒッチコック本人が言うとおり、結末が非常にもったいない作品。ただ話の構成が優れているのは確かである。筋としては『何がジェーンに起こったか』に近いのかもしれない。『断崖』では結婚相手が自分を殺そうと、『ジェーン』では自分が姉を殺そうとしたと、それぞれ思い込んでいる。
主人公とヒロインが出会うシーンでは、主人公がヒロインに電車賃をたかったり、世間話をしながらヒロインの脚を凝視するカットを入れたりして、その不誠実さを印象付けている。そして主人公の浪費家ぶりを延々描写して、家庭の崩壊を予感させる。
「もしかして夫は人を殺そうとしているのでは?」とヒロインが最初に予感するシーン、これは唐突すぎる印象を受けた。ただ、アルファベットの書かれた文字板を並べて単語を作るゲーム(名前がわからん)をやっているうちに、「DOUBT」「MAD」「MURDER」という単語が偶然出来上がり、それで夫を疑い始めるというシーンは洒落ている。『カナリヤ殺人事件』はポーカーをしているうちに犯人が誰か気づく話だったが、それを連想させる場面である。この場面に続けて、殺される(に違いない)本人の笑い声と重ねて殺害場面を想像するシーンも良かった。
音声と映像のズレはヒッチコックが好んで多用するモチーフだが、この映画ではそれが上手く機能していたと思う。例えばヒロインが主人公にかまをかける場面が何度かあるのだが、ヒロインが相槌を打ちながら、心の中では不信感を募らせていくという風に描かれている。ヒロイン役のジョーン・フォンテーンは神経質的な印象で、良い配役だと思う。
主人公がヒロインの部屋にミルクを運んでくるシーンでは、真っ暗な廊下にミルクの白がくっきり浮かび上がって、奇怪な雰囲気を出している。ミルクの中に電球を仕込んで光らせたらしい。
設定そのもののご都合主義性はほとんど気にならないのだけど、ヒロインの両親が「娘は結婚しなくてもいい」と話しているところを偶然ヒロインが立ち聞きし、それで主人公との結婚を決意するシーン、あそこはいくらなんでも都合が良すぎると思った。あとクライマックス。売れっ子スターは殺人犯になれないというハリウッドの掟のため、主人公の男は実は殺人犯じゃなかった!というオチにしたらしいが、サスペンスが最後の5分でメロドラマになって、ずっこけた。