山本博文『江戸お留守居役の日記』

三代将軍徳川家光から家綱の時代、萩藩(長州藩)江戸屋敷留守居役として活躍した福岡彦右衛門の日記から、幕府と大名の関わり、そして藩士たちの江戸における生活の実態を描き出した興味深い一冊。これまでにも、幕府の直参である御家人や旗本の江戸生活について書かれた本は何度か目にしてきたが、国元に本来の住居を所有し、大名藩邸で仮の集団生活を送る藩士たちの姿について書かれたものを読むのは初めて。おそらく私が不勉強なだけだろうが……。
本書の背景となる家光の時代は、幕藩体制においてひとつの画期であった。相変わらず改易・減封される大名は後を絶たなかったものの、その原因は法令違反・軍事的理由から世嗣断絶によるものへと比重を移し、「万事江戸ノ法度ノゴトク、国々所々ニ於テコレヲ遵行スベキ事」(武家諸法度)とあるように、幕府による全国支配が確立されたわけである。
また、経済的な面においても大名は江戸や大阪、京都といった大都市との関係を深めていった。領地から得た年貢米を大都市に売り払い、そうして得た収入を参勤交代によって大都市で消費する、という循環構造。萩藩だけでも2000人以上が江戸の藩邸内で生活していたという。
今回、非常に面白いと感じたのは大名と町奉行の関係である。大名が自藩の藩士や領民に対する裁判権について高い自立性をもっているという点はよく知られていることであるが、藩士と江戸町人とのトラブルにおいて町奉行が調停に乗り出したり、あるいは江戸の作事における人足の斡旋を行ったりと多様な業務をこなしていたことは意外であった。武士が江戸や大坂を中心とした消費経済に巻き込まれる中で異なる階層の人々ともかかわりを持たざるを得なくなること、そして、その過程における様々な軋轢がよく描かれていたように思われる。オススメ。

江戸お留守居役の日記 (講談社学術文庫)

江戸お留守居役の日記 (講談社学術文庫)