ロアルド・ダール『あなたに似た人』

あなたに似た人 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 22-1))

あなたに似た人 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 22-1))

短編の美学をつめ込んだ一冊。ただ、有名な「南から来た男」のように明快なオチのついた作品はつまらなくて、利きワインのギャンブルを描いた「味」や子どもの妄想を描いた「毒」、あるいは現実的な復讐劇である「韋駄天のフォックスリイ」など、最大瞬間風速を記録したところで終わってしまうような作品のほうが面白い。
私にとってのベストは「毒」。少年は赤・黒・黄色に塗り分けられた絨毯のうち黄色い部分だけを踏んで向こう側まで渡ってみようとする、たわいもない話である。赤い部分は燃える石炭、黒い部分は毒蛇のかたまりだ、少年は自分にそう言い聞かせる。読点を大量に打ちながら、少年の乱雑な思考は乱雑なまま記述される。最後のページで改行も最小限に抑えられるようになると、思考の描写と情景描写の間にある区別は消滅し、絨毯に住む毒蛇は読者の前にリアリティを持って現れるだろう。その恐怖と、最後の一行の見事な対比。
「偉大なる自動文章製造機」はコンピュータに仕事を奪われる作家たちの姿を描いた作品だが、最近、新聞の社説を読んでいると「これ、コンピュータが書いたんじゃないの」と思うことがある。題材と社名を入れて、あとはペダルを踏んで調整するだけ。自動文章製造機が開発されたら、売れるんじゃないかな。それとも既に実用化されているのか……と、これは余談。