永原慶二『20世紀日本の歴史学』

20世紀日本の歴史学

20世紀日本の歴史学

明治維新から1980年代までの歴史学(主に日本史)の展開を平易な記述で語りなおした名著。最近つまらない本ばかり読んでいたので、なおさら面白かった。ちなみに、著者の永原慶二は1960〜70年代の日本中世史研究を代表する大家。4年ほど前に亡くなったが、存命の中世史研究者の中で氏に匹敵するビックネームと言えば佐藤進一くらいのものではないか。網野善彦も、黒田俊雄も、石井進も亡くなったし……。
本書の内容についてだが、基本的には非常にバランスよく各時代・各分野の研究史が取り扱われており、素直にすげーと感じた。いくつか問題点を挙げると、南北朝正閏論争に代表される筆禍事件については歴史学者の側に感情移入し過ぎではないか?というのがひとつ(詳しくはこちらを参照)。もうひとつは柳田國男に代表される民俗学ナショナリズムの関係について触れるところが無いこと。これくらいだろうか。しかし、柳田民俗学があえて支配の問題を切り捨て、農村をフラットで静態的なものとして捉えたため、そこに生じる変化は常に共同体外からの押し付けとして認識されたのだという指摘は非常に秀逸なものであると感じた。
本書のハイライトは網野善彦の中世社会史像に対する批判である。網野ほど多くの問題を提出し、また投げっぱなしにした中世史家はいないだろうというのが大方の評価だが、そこには柳田民俗学と同じく支配ー被支配の動的関係を切り捨てることによる「近世になって突然自由が失われた」という悲観的な歴史観と、農民一般に対する遍歴民の特権化、東西二元論と天皇支配一元論の相互矛盾、その他諸々の問題点が残されたままとなっている。90年代以降の網野は一般向けの著述にウエイトを置くようになったため「網野善彦はアカデミズムに無視された」などと主張する人もいるが、そういう人たちがはたしてどれだけ網野の残した問題と向き合えているのか、疑問である。